下尾みうが自身の生誕祭であらためて「PRODUCE48」出演について語りました。
13日、東京・秋葉原のAKB48劇場にて、昨年Mnet「PRODUCE48」で最終ステージに進出した下尾みうの生誕祭が開催されました。
日本のみならず、韓国、中国などの国々からファンが駆けつけたこの日のステージで、下尾みうは17歳の1年間に起こったことと、18歳で迎える今後について語りました。
「17歳の1年は変化の1年になりました」と切り出した下尾みうは、周りのメンバーが見つかっていく中、自分がなかなか見つかることができず、悔しい思いをした過去を振り返りました。
「でも去年は親やメンバー、ファンの皆さん、スタッフの皆さんにたっくさん支えられて挑戦を諦めない力をたくさんもらいました」と続けると、「その挑戦した中のひとつがPRODUCE48でした。PRODUCE48では自分の力のなさを痛いほど感じました。ですが自分の魅力を知ることも、大切な友人と出会うこともできました。PRODUCE48を受けて本当に良かったです。後悔はありません」と、「PRODUCE48」出演が自身にとって大きな転機になったことを明かしました。
さらに下尾みうは「でもPRODUCE48から帰ってきて何をしても心の中がずっと曇りで、言葉に表すには難しい気持ちのままでした」と、惜しくもデビューグループ入りを逃したあとも、吹っ切れない心境が続いたことを打ち明けました。
しかし、そんな自分にファンが光を灯してくれたと感謝すると「PRODUCE48の挑戦がきっかけで嬉しいこともたくさんありました。2回連続選抜や山口ツアー、初ソログラビアや初表紙、初の女性誌、初の主演短編映画、初の海外でのイベント、全て夢に見ていたお仕事ばかりで本当に嬉しかったです」と、番組出演のおかげで活動範囲が一気に広がったことを話しました。
そして、「17歳の年は私にとって華々しい1年になりました。私の17歳の年に関わってくださった皆さん、本当にお世話になりました。これからもよろしくお願いします」と締めくくりました。
また18歳の今後については「AKB48でもう一度東京ドームに立ちたいという思いも叶えたいなって凄く思っています。そのためにもAKB48を勢いづけられるキーパーソンみたいな存在に私はなりたいです」と力強く抱負を語りました。
一方、この日の生誕祭では少し驚くようなできごとがありました。
それはアンコール前に行なわれたファンによる3ヶ国語の口上です。客席からは日本語、中国語、韓国語により口上が行われ、下尾みうの人気が日本にとどまらない広がりを見せていることを実感させました。
特に、会場に訪れた韓国ファンの口上(韓国語)は熱く、そこが日本であることを忘れさせるほどでした。あらためて韓国ファンの下尾みうへの変わらない熱意を感じました。
本人もこうした国を越えた支持を自覚するかのように英文のメッセージを読み上げ、ファンへの感謝を伝えました。
To the World MiuD,thank you for always supporting.
I will definitely meet someday.
So don't forget (about me).(I) love it.
I look foward to working with you.
下尾みうは生誕祭が行われたあと、そのままTBSに移って生放送の「音楽の日2019」に、AKB48選抜メンバーのひとりとして出演しました。有名メンバーに交じって溌剌とパフォーマンスする姿に心から「よかった」と思いました。
個人的に、下尾みうがプデュでデビューを逃したのは、自身の実力のなさが原因ではなく、本人とはまったく関係のない問題が影響したためと思っています。それだけに最終結果には首をひねらずにいられませんでした。
ですが、新しい目標を見つけた下尾みうがプデュでの経験を活かして、こうして明るくステージに立っている姿を見て、私個人のモヤモヤも少し晴れた気がしました。AKB48の中心メンバーとして、再び東京ドームに立てる日が来るといいです。